「ノン子36歳(家事手伝い)」

 熊切和喜監督の最新作。熊切作品を観るのは初めて。
 都会で夢破れて田舎(実家)に帰ってきたノブ子(坂井真紀)は、することも無くブラブラ毎日を過ごす。当然家族(特に父親と妹)との折り合いも悪く、鬱々とした日々を過ごしている。そこへ迷い込むようにやってきた青年マサル星野源 as SAKEROCK)と知り合った彼女は次第に彼の世話をやくようになる。
 映画の構造は、まさに「ピンク映画(日本のインディーズ映画)」のそれ。100分あまりの上映時間の中で、人生についての小さなお話が展開し、中盤と後半にそれぞれ一回づつ「濡れ場」がある。(濃厚な上に、最初の場面ではモザイクなしでセックスを見せる工夫あり。)
 シンプルな構造の脚本で、主人公ノブ子(ちなみにタイトルの「ノン子」は彼女の芸名)の内省のみに焦点が合わせられ、周りの人間が基本的に記号的な人物として描かれる。父親(斉木しげる)、元夫宇田川(鶴見慎吾)、同級生のスナックママ富士子(新田恵理)などは皆それなりに生き生きとした存在として画面に登場するが、その行動や主人公に対する反応は非常に記号的だ。しかしそうすることで、自らの感情をほとんど語らないノブ子の内面が強調される。また「ノブ子」というキャラクタ−に、人間としての説得力を与えているのが坂井真紀の演技で「実録!連合赤軍」に続いて難しい役どころを見事に演じている。
 このノブ子に対するのがマサルである。片田舎でお祭りの日に屋台を出すことを目論む彼は、「世界へ出る」ことを夢見ている。抽象的な上に大き過ぎる夢は、青春時代を夢見がちに過ごした人なら思い当たるところもあるでしょう。マサルは純粋であるが故に時としてノブ子を癒したりもするが、それが結果的に悲惨な出来事を引き起こしてしまう。
 この映画まず評価したいのが「田舎」の描写。都会の人が抱きがちな「人情味があって温かな田舎」ではなく、どこか排他的で、コミュニティの中にいない(いることができない)人にはキツい(近所の目というヤツ)。当然結末に向って、主人公たちはジンワリと追いつめられていく。この「生き難い」感じは、都会とは違った形で厳然と存在している。その辺はスゴくリアルだと思う。(津田寛治演じる安川の行動も非常に説得力がある。)
 才能の限界から「普通」の生活に埋没せざる終えない主人公はいつも不満げである。人間として生きてる実感が無く、周囲の厳しい目線も優しい気遣いも彼女にとっては同じものでしかない。そこに現れたマサルは純粋に夢を追いかけているが、同時にどこか無計画で、無意識に他人に依存している。自分の正しさに揺るぎない自信を持っているので、故に他人は絶対に自分を支えてくれると思っている。この青年の一途な感情に絆されていくノブ子だが、クライマックスでのマサルの反撃(テキサス・チェンソー!!)とその後の映画的な展開の中で、ふと自分の本質に気付いてしまう。
 マサルの夢は若々しく甘美な響きに満ちているが、結局何かをしたいと思っていながら何もしていないこと(自分のしたいことをするために周りを説得したり・行動したりしない)や他者の善意に乗っかることしか考えていなかったこと(安易に安川の善意を期待している)が露呈することで、ノブ子は初めて己を知ることになる。
 逃亡するローカル線の車窓の映るノブ子の顔だけを映すことで、その変化を見せる演出が上手い。この後の台詞がほとんどない展開は秀逸だと思いました。ただ残念なのは、最後の最後にある「ニワトリとの戯れ」(中盤のわかりやすい伏線の回収)で、この場面が無く「電車が通った後、画面を横切るノブ子」で終わっていたら100点のエンディングだと思いました。
 ということで、後半のビターな展開で気分を悪くする人もいると思いますが、リアルって結構イタいと言う感覚を楽しめる人は、観るべき1本だと思います。
実録・連合赤軍 あさま山荘への道程 [DVD]

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