革命は終わらない!

55本目、「スピード・レーサー」。

 「マトリックス」3部作で一躍世界的な映画監督になったウォシャウスキー兄弟の最新作。というよりもある年代以上の人にとっては、「マッハGO!GO!GO!」の実写映画化と言ったほうが通じる作品。最近のハリウッドの映画作りのトレンドである原作付き(小説やコミック)ものの1本で、日本ではタツノコプロ制作のアニメとしてそれなりに人気のある作品なんですが、アメリカではちと事情が異なるようで、現在でも再放送されるような定番アニメとなっており、この作品に影響されたアメリカ人は多いとのこと。
 ということで、アニメ・マンガ大好きのウォシャウスキー兄弟としては大好物の素材。実際彼らも昔からのファンのようで、できあがったフィルムを観れば一目瞭然。頭からお尻まで可能な限り原作(アニメ)の雰囲気や良さを再現することに苦心しており、平面的な構図、ワイプによる多層的なキャラの見せ方、滑らかにスクロールするシーンが時間軸を縦横無尽に行き来するなど、画面的にも構成的にもけっこうがんばってる。また、この兄弟特有のある種の美意識が全体に振りまかれ、事前に散見された映像からは大丈夫かと思われていた部分も、フィルムのあがり自体はしっかりしており、娯楽映画として非常にいいところをいっています。
 正直予告編の段階では、そのギラギラとした派手な画面と浮きまくるCG、何だが物まね中心のキャラ(俳優)の感じに、こりゃやっちまたかと思ったのですが、実際はさにあらず。映画として真っ当な脚本、明示的なテーマ、監督の作家性を十分に具現した内容で、普通の映画として観るだけの価値をキチンと備えた秀作でした。
 また原作への巧みなリスペクトやそれと絡めた独自の主張が程よく効いていた気持ちがいい。ギラギラする画面もそれなりの大きさのスクリーンを持つ映画館で観れば、キラビやかではあっても、クドくない感じで、バランスと構成の良さのせいか、最後のグランプリのシーンでは新手のサイケ映像で、薬が無くてもトリップ出来るほど。このあたりは画面作りについては一級のセンスを持つ監督の特性が遺憾なく発揮されていると思いました。(多少暴走気味ですけどね)
 では以下気付いたことをいくつか。
  • 画面をアニメとして処理するという演出方針のおかげで、多少チャチなCGでもそれなりに許せてしまう。若い頃のティム・バートンを100倍趣味を悪くしたような極彩色の世界は、確かに目に優しくない。でも、その洗練されていないところが多分ウォシャウスキー兄弟の持ち味であり、70年代の日本アニメの世界観の再現への回答としてそれなりに正しい画図等を導きだしている。
  • マッハ5を始めとしたレースーカーが縦横無尽に走り回るレースシーンは良く出来ていると思いました。一部でレースデームのデモ画面みたいと陰口を叩かれているようですが(でもホントにそんな感じには観える)、細かな設定をキチンと消化しているし(Aボタン:ジャンプする装置や車体が破損するとタマゴ状の泡に包まれて脱出するなど)、スピード感も十分。確かにレース全体の状況をつかみにくいとう欠点もあるけど、それ以上に非常に楽しいシーンとして仕上がっていると思いました。
  • 結局一番便利な機能がそんなに高速走行中でも自在にジャンプすることのできるあの装置で、アニメでも結局一番お世話になっていた機能。見た目も派手でアピールしやすいので当然かも。でも改造マッハ5の鳥形偵察機が使われずじまいであったのは惜しい。あと中盤のラリーがまるで「チキチキマシーン猛レース」みたいという指摘は正しいとは思うが、原作アニメもそれなりに影響を受けていたのでツッコむところじゃ無いと思いました。(このシークエンスが実はアクションが良く描けている。)
  • マトリックス」の格闘シーンをパロっているようなホテルでの忍者バトルや山中でのマフィアとの集団戦は、アニメ的な仰々しさを真剣に実写化しているという意味で白眉で、ユーモアを交えながら視覚的な実験を果敢に挑んでいると思いました。
  • コメディーリリーフとして、三男のスプライトル(クり坊)やそのペットチムチム(三平)が良い。スプライトル役の は観た目のそっくり度も高いし、チムチムと組んで「笑い」の部分を一人で背負っており、非常に印象が強い。2回もマッハ5に忍び込んでいるあたりやお菓子欲しさにロイヤルトンビルに潜入するなどといった昔のマンガのありがちな部分をさらりとこなしていていい。
  • パパ役のジョン・グッドマンのマリオ度の高さが以上。特にクライマックス前のマッハ6製造シークエンスでの見た目はスパナを持ったマリオそのもの。でも、グッドマン自体が「父親」として手を抜いていないので、映画としてキチンと盛り上がる。ママ役のスーザン・サランドンや敵役の など、観た目のユルさ以上に良い演技をする俳優がキチンと配役されている。
  • 主人公スピード(名前だったのね)のエミール・ハーシュは良いハマり具合。少し線が細いので印象は薄めだが好青年キャラとしては及第点。でも、クライマックスでの気合いの入った表情が魅力的。ヒロインのトリクシーはクリスティーナ・リッチ。ボーイッシュなキャラとして、しっかりとスピードをサポート(何事にも奥手なスピードのお尻を叩く叩く)。文脈的には恋人ポジションですが、ベタベタしない役回りが好印象。やせてすっきりしたリッチが良くハマってましたが、幼女時代のトリクシーのかわいらしさに比べると、成長後の見た目が劣るのは残念。
  • ということで、前作(「マトリックス」シリーズ)では師匠筋である押井守にあまりにも寄り添った展開を採用してしまったがために、「成功して日和った」などと陰口を叩かれ、多くの映画好きからは失望されてしまったわけですが、今回は「マトリックス」の1作目にあった青臭いまでの「理想」や「世界を変えたいんだ」という初期衝動が戻ってきた感じで、「賛同しない人はとりあえず抹殺」という短絡嗜好(あれはまさにテロリズムの理論なので9.11以降はやりにくいよな。)から脱却。
 世界の裏側には多くの一般人が知ることの無いシステムが存在し、大衆はその上で「奴隷としての平和」を与えられ、それを享受しながら、背後にあるシステムの存在に気付くこと無く生きていく。そんな世界観はこの作品も健在で、レース=エンターテイメントの裏にある経済原理が、世界や真実を歪めていると告発します。主人公スピードはその才能を知らしめることで、上記のシステムに組み込まれてしまう危機を向かえます。しかし彼は家族や信念を選び、才能を悪魔に売り渡すことをしません。そのせいで彼は非常に苦労することになるんですが、恋人や仲間、謎の先輩レーサー(笑)の助けを借りて、最後にはシステムが司る最も大きな舞台で決めごとを打ち破り、観衆を魅了します。
 この辺りはオーソドックスな筋回しで、襲いかかる災難をどう乗り越えるかをじっくり描き、出奔した兄(スピード同様の天才レーサーであるアレックス)のおかれていた状況とだぶらせながら、それとは違う形で道を見いだしていく様も王道の展開と言えるでしょう。 
 信念を貫いたり、自身を表現することで、多くの他人に影響を与えることの出来る人間は(天才)は、現実世界で困難にぶつかった時どうすればいいのか、何をすることで周りの人たちをあるべき場所に導くことが出来るかといくことが、主人公の行動を通して明示されます。ライバルたちの車を大破させながら赤と白の市松模様の空間をくぐり抜けるラストは、意外や意外、爽快感に溢れ、家族がどうだとか、愛がどうだとかというハリウッド的なお題目を軽々と飛び超えて、「世界を変えるにはどうしたらいいのか」、「革命とは何か」という問いに対して、「マトリックス」では到達出来なかった現代的な答えを提示しているのが素晴らしいと思いました。
マトリックス コンプリート・トリロジー [Blu-ray]

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