これからもガンバってください。

 27本目、「フィクサー」。

 昨日に続いてダサイ邦題。せっかくかっこい米版のポスター(左のヤツ)が使えないという悲劇。
 とにかく感心したのは、トニー・ギルロイ(今回は監督も)の脚本。お話作りが巧い。たっぷり映画の世界につかりながらも、社会派作品の陥りがちな説教臭さが無く、それでいてアメリカ(訴訟社会)の問題が浮かび上がる。それが大変おもしろかったです。
 主人公マイケル・クレイトン(ジョージ・クルーニー)は大手法律事務所に所属している弁護士だが、その実は裏でいろいろな事態の解決を行うもみ消し屋。決して満足のいく立場ではないがそれでも仕事をこなしている.しかし最近は副業に失敗、金銭的に問題を抱えている。
 そこにさらなる問題が持ち込まれる。事務所のエース的弁護士アーサー(トム・ウィルキンソン)が精神に失調をきたし異常な行動をとった上、逮捕されてしまったのだ。事態を解決するため乗り込むマイケル。そこで彼は変わり果てたアーサーの姿を目撃する。農薬会社に起こされた薬害裁判の弁護をしていたアーサーはなぜこうなってしまたのか。マイケルは自らの職責を超えて、事態の真相に迫っていく。

 まあ、それにしてもこの映画はトム・ウィルキンソン。企業弁護士として多くの人を欺いてきた彼は「2001年宇宙の旅」のHALのように、矛盾した現実に引き裂かれ精神に異常をきたす。対立する原告の1人に恋したと思い込んでいるアーサーは、彼女を助けるために農薬会社の極秘資料を渡そうとする。
 映画全体を引っ張るような大きな役割である上に、引き裂かれた人格を見事に演じている。スゴいのは、ただ単に頭のおかしい人物ではなく、状況を巧みにすり抜けたり、法律を利用したりと、事態をある方向に導くために奔走する。異常と正常を行き交う様なこのあたりの造形はギルロイの脚本もスゴい。

 アーサーの異常な行動を発端として、訴訟の行方に問題を感じた農薬会社の法務担当カレン(ティルダ・スウィントン)は自らの地位を守るため、所属する会社を守るため、あらゆる手段を用いて事態を解決しようとする。
 アカデミー賞をとったティルダの登場シーンは少ない。しかしガッツリとした悪役として描かれ、企業内で努力の末、ある程度の地位を摘みながら、決して失敗できない立場の女性を見事に演じているが、いささか俗っぽい役回りで(彼女が使う裏家業の一団の存在もそう)、若干オーバーアクトの上にマンガっぽいのが残念。

 ところで予告なんかで想像していたお話は、主人公のマイケルが法律を犯すぎりぎりのところで事態を解決していくみたいなものかと思ってんだけど、さにあらず。拍子抜けしてしまうほど、マイケル自体は特別な何かをする訳でなく、地味にアーサーの足跡を追うことで事態を解決する訳で、そこまでは家庭のこと、家族のこと、借金のことなんかで話が進んでいく。このへんがちょっと物足りなくて(特に前半)、マイケルについてある程度描写しておかないと後半が生きないことは理解できるのですが、少しダレ気味。(対してトム・ウィルキンソンの存在と芝居が面白すぎる。)これは監督第1回目ということで、この辺りの地味な部分を面白く描けるようになれば1人前でしょう。
 有能だ有能だとおだてられ、日陰仕事専門になってしまいそれから抜け出せない男の悲哀は、「ボーン」シリーズのモチーフにも重なる部分(ギルロイの作家性)でしょう。マイケル以外の2人についても否応ない状況で生きざるを得ない者の悲しさからいかに解放されたか、解放されなかったが非常に明暗を分ける形で表現されています。

 それからアーサーが始末される場面なんかは説明をせず、ほぼ1カットのシーンを見せたり、マイケルの車をハックして追跡爆破するあたりはさすがに素晴らしい。他が少しダメでもそれを補うようなよいシーンでした。
 あと、結局兄弟が協力して最後に大逆転な展開は、いつからイタリア系の映画になったのかと驚いてしまいました。しかしながら、スッキリとしたオチと余韻を味わうことができるエンドロールを含め、良い作品だ思いました。