ロシア人製ドキュメンタリー

 16本目、「暗殺 リトビネンコ事件(ケース)」 。

 2006年11月、亡命中のアレクサンドル・リトベネンコはロンドンで毒物を盛られ、瀕死の状態であるところから映画は始まる。病床にあるリトビネンコは世界中に配信されたニュース映像のとおり、やせ細り、見る影も無い。彼に付き添う妻と男。彼はアンドレイ・ネクラーソフ。ジャーナリストであり、ドキュメンタリー作家。この映画の監督である。
 もともとネクラーソフは、チェチェン紛争が泥沼化する中、実際にチェチェンで何が起こっているのかを調査し、ドキュメンタリーの番組にする。その過程で、ロシア政府がチェチェンに対するテロ戦争を仕掛けるきっかけとなった「アパート爆破事件」が、実はKGBを前身とするロシア連邦保安庁FSB)による工作活動ではなかったかという推測にたどり着く。
 以前から組織内の腐敗を告発していたリトビネンコ(元FSB隊員)の存在を知ったネクラーソフは、ロシアの政商ベレゾフスキーを通じて彼に接触、現ロシア政権と大統領プーチンを影で操り国家を動かすFSBの実態と不正を告発する証言を得る。
 チェチェンを国内問題としながらも事態が一向に好転しない状況下で、チェチェン問題が次第に西側諸国から注目を浴びるようになると、リトビネンコらの発言の重みが増してくる。ロシア国内にあっても、良心的なジャーナリストによる告発が始まり、プーチン政権には耳の痛い事柄が増え始める。するとまず国内のジャーナリストが次々と謎の死を遂げるようになり、最後には亡命中のリトビネンコにもその魔手が伸びる。
 結果として彼の死を防げなかったネクラーソフは、イギリス当局の捜査に協力するも犯人は一向に捕まらず、自宅に戻ると家中が荒らされた後。彼は自身の集めた証拠や約4年にわたって行われたリトビネンコへのインタビュー(生前は公開しないという約束がある)をつなぎ合わせ、彼をこんな目に合わせた事件の裏にいる者たちを告発すべく、ある仮説を提示する。
 それは、革命以降長くロシアを支配してきた秘密警察(KGBFSB)とそれを支える官僚機構、ヨーロッパの諸国にシンパを生み出し今なお国内外を支配し続ける勢力の存在であり、その頂点にいるのが現大統領であるプーチンであるというものであった。

 えーっと、いつ公開されたスパイ映画だろうと勘違いしてしまうような設定。でも、これは一応現実に起こったことで物語(フィクション)ではないという。 冷戦終了以降、組み立てにくくなったと言われて久しい類のお話が展開され、まことに見事な陰謀論が繰り広げられる。
 ただし、注意も必要だ。ドキュメンタリーとして見た場合、この映画はマイケル・ムーアの用いる手法に非常に近い形で作られている。ある事実をそのまま提示することもあれば、作り手の意図を巧妙に混ぜこんでみたり、全く違う文脈の映像や発言を、語り手の意図に寄り添うように加工していたりする。そのために、映し出される事実がどこまで客観性がある事柄なのかがにわかに判断できないのだ。
 その上、諜報活動に関わることが中心なので、後から検証することも難しい。一見してただの「陰謀論」と片付けられてしまう可能性が高い。むき出しの事実だけを積み上げた訳でなく、ある種のバイアスがかかる事に対して、意識的に無自覚な部分があるからだ。

 では、面白くないかというそうではなく、映画的な(娯楽的な)面白さに溢れている。その上、作者の言いたいことが非常に鮮明な上に、作品内でロシアの実情を語る人々の言葉に説得力があるので、見ている側がいつの間にかその主張に引き付けられてしまう。

 以下面白かった部分を箇条書き。

  • まず、リトビネンコ。彼が発言する姿は、日本では非常に短い分量でしか見ることができず、本当のところ彼が何を告発していたのかがわかりにくかった。その点この映画では、ロシア国内にいた頃の彼の活動がたくさん出てきて、FSBで何をしていたのかや何が不満で自分の属していた組織を告発するに至ったが詳細に出てくるので、それが面白い。また、なぜロシア国内にいることができなくなったについてもその理由が説明される。(無実の罪を着せられ投獄されそうになるが、裁判所で一転無罪。しかし、法廷を出た瞬間に別の罪状で逮捕されるなど。)カメラの前で自分の目にしてきた事柄を語る彼の姿は、非常に紳士な上に論理的だ。サーシャという愛称がかわいい。
  • 彼のFSB時代の直接の上司が登場する。ユルゲン・プロトノフを少し割腹良くした様なこの男は、リトビネンコの優秀さを語りながら、結果として自分や組織を裏切った彼を口汚く罵る。タバコを吹かしながら語る彼の姿が完全にマフィア。見るからに悪そう、なのにカッコいい。
  • リトビネンコ事件が起こる少し前、ロシアで謎の死を遂げた女性ジャーナリスト、アンナ・ポリトコフスカヤが登場。しゃべる彼女の姿を僕は初めて見たんだけれど非常に上品で知的(見た目は白人版家田荘子)。生前の彼女は、「劇場襲撃事件」について、それがチェチェンのテロではあったが作戦の指揮官が事件後プーチンの部下として迎え入れられた事実を独立系の新聞に書く。しかし発行された新聞をモスクワ市内で買うことはできない。なぜならどこにも売られていないから。彼女は世界が無関心であることを嘆くが、現実は事実を知らせる媒体が流通すらしていない状態であることが描かれる。(ネクラーソフがモスクワ市内を回ってスタンドで新聞を捜すが見つけることができないという場面がある。しかし、実際に新聞が売られていなかったかは検証されているわけではない。)生き生きとした生前の彼女の姿を目にすると、その後の結果が痛々しい。
  • 犯人とされる元特殊工作員は、現在もロシアに滞在中。「俺やってないけど、疑われるの嫌だからロンドン行ってもいいよ。でもー、呼ばれないから!」って、ロッジ風の家で悠々自適。それが現実か。
  • 光と陰を多用した絵作りがおもしろいけど、やっぱドキュメンタリーにはいらない演出。
  • 最後のほうにフランスの哲学者が出てくる。個人的には知らない人なんだけど、彼はフランスとロシアとの長い精神的な関係を語る。帝政ロシア時代から続くフランス人のロシアに対するコンプレックス。ピョートルやエカテリーナを信奉した当時の文化人やロシアの進歩性を疑うことがない知識人(左派)の行動を彼は批判する。何処まで本当のことか僕自身は判断出来ない面があるけど、日本人からするとロシアはヨーロッパの田舎としてバカにされているのかと持っていたけど、そうでもないらしい。冲方丁の「シュヴァリエ」を思い出した。

 国内に充満する不満を国外の敵対勢力へ向けるやり方は、どんな国でもどんな時代でも有効な手段で、急速に資本主義化し、自由経済のもと貧困問題が顕在化、市場経済と結びついた犯罪組織が跋扈している現在のロシアでは、「9.11テロ」を契機に世界中を吹き荒れたテロ戦争という新しい概念が、それらの問題を覆い隠すには絶好の材料として利用されたということなのだろう。
 宗教的にも民族的にも異なるチェチェン人に対する憎悪を煽り、「アパート爆破事件」・「劇場占拠事件」などを契機にロシア国内の厭戦気分を高めていく。そして、強いリーダーが登場し、一気呵成に事態を解決する。熱狂する大衆、その支持のもとより強権的な権限を行使し、いつの間にか社会は統制され、自由が無い世の中になっている。本当に20世紀によくあった歴史的な事象だ。

 現時点で、当事者であったリトビネンコはすでに亡くなっているし、犯人も捕まっていない。ネクラーソフ自身はまだ健在のようだが、世界の人々はすでにリトビネンコという人物について忘れ始めている。
 映画の内容が全て真実かといえば、そうではないでしょう。そして、この映画でロシアや世界が変わることは無い。
 でも、意味はあるのだ。全てが真実でなくても描けることはあるのだ。今世界で起こっていることについて、その意味がはっきりするのは、もっと先のことだろう。しかし、だからこそ声を上げる必要がある。このフィルムはそう言っている。

 最後に、この映画の原題を記して終わろうと思う。その名は「REBELION(リベリオン)」。意味は「反逆」である。

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