戦時国家の本当のところ

57本目、「告発のとき」。

 ポール・ハギスの新作。イラク戦争のまっただ中にあるアメリカの現状を描いた力作。
 イラク戦争から帰還した息子マイク(ジョナサン・タッカー)が休暇中に行方不明となり、元軍人の父親ハンク(トミー・リー・ジョ−ンズ)はその行方を探します。そのうち息子は無惨な死体となって発見され、彼の死に不信を抱いたハンクは、地元の女刑事エミリー(シャーリーズ・セロン)の助けを借りながら、真相に迫っていきます。
 内容的には上記のようなオーソドックスなミステリーの形式をとっており、単純に事件の真相を追っていくだけでも楽しめる作り。でもそれだけに何年も戦時下にある国家アメリカの現実や戦争という事象が内包する現実が、観るものの意識の中に自然とインプットされるという非常に巧みな作りとなっています。
 軍人や地方の警察を始めとする登場人物たちもしっかりと描かれており、基地の町に渦巻く不穏な空気までが画面から漂ってくるようで、観ていて飽きません。
 ことの真相を含め、捜査の妨害となる様々な現実の事象が丁寧に描かれ、戦時下の国家の体制、軍隊と言う組織、兵士たちの現実などが綯い交ぜになりながら提示され、戦争に参加し後戻り出来ない状況に至ってしまったアメリカを映し出します。
 ハギス自身はたぶん保守の立場の人なんですが、決して現状を肯定的に捕らえてはおらず、くだらない戦争のために人生の狂わされてしまった人々(主にアメリカの若者)の悲劇、ある種の信条に引っ張られ、今の状態を生み出してしまった世代の苦悩と後悔を通して、「本当にこのままでいいのか」と問いかけます。
 このあたりの姿勢は、イーストウッドと組んで作った「硫黄島2部作」とも共通しており、国家が如何に個人を食い物にしていくかということを告発しており、リベラルとは違った保守本流の立場での意見表明をしているのがおもしろかったです。
  • トミー・リー、スーザン・サランドン(ハンクの妻)の演技は抜群の安定感で、同じような役が続いているトミー・リーはそれでいてちょっこっとニュアンスを変えていて、若い頃にはさぞ優秀なMPであったと思わせる行動を挟みながら、老いて頑固者に転じた寂しき老人を好演。スーザンは「スピード・レーサー」に続きママキャラで、登場場面は少ないながらも深い印象を残します。
  • 実際にフィルムを観るまでは客寄せ要員かと思っていたシャーリーズ・セロンさんは、いい女オーラーをキチンと押さえていて、シングルマザーの刑事を好演。男社会の警察でバカにされ、陰口を叩かれたり、所長(ジョッシュ・ブローリン!)との関係を疑われたりと大変な苦労をしながら、軍の妨害を交わしつつキャリアを積み上げていきます。(トミー・リーとはいつのまにか師弟のような関係に)以前は美人女優が無理して汚れ役(「モンスター」ね!)みたいな無理感がありましたが、「スタンド・アップ」からは美人オーラーを綺麗に隠す技を身につけて、きらびやかさを押さえて、田舎の女性をそれなりに演じることができています。今回みたいな役をこなしていけば、ある程度の年齢になった時にも性格俳優として活動していけるのではないでしょうか。
  • ちょっとネタバレで書きますが、殺された息子さんは殺害されたあと、無惨にも焼かれ、そのまま放置されたことで、野犬に死体を食われてしまいます。最近のハリウッド映画の暴力への規制はすざましく、この作品でも実際に暴力を振るうシーンはほとんどありません。しかし、その代わりという訳ではないですが、事後(死体)がきっちりと画面に映ります。行為そのものでなく、結果を明示することで起こったことの悲惨さを想起させるクレバーなやり方だと思いました。
  • また、事件ものの裏側に長期の及ぶ出兵と不合理な職務環境、死と向かい合わせの極限状態に置かれた兵士たちがPTSDから次第に精神を崩壊させ、帰国後も結局元に戻れない(別の人格に支配されてしまう)というベトナム戦争以来のアメリカ軍の抱えた闇を、彼らの内なる暴力への衝動という形で描いています。メインとなるマイク失踪→殺害の事件より、エイミーの元へ駆け込む白人女性が帰国した夫(もちろん軍人)の手にかかってしまうという展開が、生活の細部まで変質してしまう精神の崩壊が決してマイクやその仲間の身にだけ起こった特別なことではないということを明示していて、映画を観るもの内にわき上がる不気味さを増幅します。
  • 灰色を基調とした陰鬱な画面は押さえた色調で、陰惨な物語と非常にマッチして、重苦しい空気を見事に表しています。特にトミー・リーさんが自宅で待っている奥さんと電話で会話するシーンは、地味ですがバチっと構図が決まっていて惚れ惚れしました。その他の場面もキレイな構図が多くて、派手さは無いのにしっかりと観客の目を捕らえて離しません。すげえなぁと思ってエンドロール観たら、撮影監督はロジャー・ディーキンス。(最近よく働いてるなあ。)
  • 撮影の素晴らしさはもちろんなんですが、演出家としてのハギスの技量も「クラッシュ」の時と比べ物にならないぐらいレベルが上がっていて、本職である脚本の見事さとそれを的確に映像に変化することができるようになったハギスさんはこれから要注目だと思います。
 非常にわかりやすい脚本なので、安心して最後まで観ていられると思いました。それに振って落とすとか、さり気なく伏線を張っておいて回収など、テクニカルな部分も充実している。
 また、前半にオチを想起させるフリ(伏線)が配されています。外国から来たばかりの新しいアメリカ人に主人公はあることを教えるんですが、旅を終えた(息子の死の真相を知った)彼は、それに関連したある行動を取ります。
 一部の評論や感想で、「今更そんなこといっても遅い」とか、「自分のまいた種じゃん」って感じに批判する人もいるようですが、映画を観てそう感じたなら、それは監督の意図をしっかり読み取れた(キチンと意図へ誘導さらた)ということではないでしょうか。この映画はアメリカ現状をできるだけわかりやすく説明しているんですが、そんな事態に至った原因を自ら作り出しているということは、ハギス自身がはっきりと認識しており、そういった意図に沿ってお話が進みます。(だからトミー・リーは息子を軍人にしまったことを妻になじられたり、後悔したりするのです。)
 純粋に国のために戦うことのでき、そのことに価値があった世代であるハンクは、だからこそあのように行動をしなくてはいけないという監督のメッセージが鮮明に描かれるラストだと思いました。
クラッシュ [DVD]

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