星を継ぐもの

 53本目、「僕の彼女はサイボーグ」。

 現在、日本の映画界には二人の「少女大好き!」の巨匠がいます。一人はアニメの人で、今は「ポニョ、ポニョ」言ってますが、もう一人が本編作家のベテラン、大林宣彦
 この方は昨年、自身の出世作「転校生」をセルフリメイクし、「日本映画に大林あり!」と怪気炎をあげたのですが、それに違わぬ素晴らしい映画で、内容はもちろんのこと、ヒロインを半裸にして町中を闊歩させるという全盛期と変わらぬ鬼畜ぶり。(今でも現役という証拠。)
 ただ、残念なことにこの大林を継ぐような存在は日本映画の若手の中には無く、あの独特の世界感や語り口はいずれ彼が亡くなると同時に失われてしまうのだと思っていました。
 ところがこの巨匠、実は韓国でちゃっかり隠し子を作っていたようで(笑)、その名前はクァク・ジェヨン
 「猟奇的な彼女」、「僕の彼女を紹介します」などちょっと前までは泣けるラブストーリーの作り手として、日本でも有名になりましたが、何の因果かその彼が日本でメガホンを取ることに。良い意味でも悪い意味でも、日本より遥かにクオリティコントロールが厳しい韓国映画界ではできなかった自由を手にしたせいか、その本来の資質を開花させ、好きなように映画を撮ったら、あら、大変な作品ができあがったという次第。
 長澤まさみと同時代に女優として活動してしまったため、今まで何となく貧乏くじをを引かされてきた感のある綾瀬はるかをヒロインに迎え、永遠の恋人を手にしてしまった純朴な青年(多分童貞)”僕”(小出恵介)の奇妙で心地よい共同生活とその結末が描かれます。
 
 僕は、そんなにたくさんの韓国映画を観たわけではないけれど、その中でもかなり飛ばした内容といえるでしょう。韓国製のSFはいろんな意味でスゴイというイメージがありましたが、久しぶりに本物の珍品を観たと言う感じ。
 もっと論理的な構造を持ち込めばそれなりにSFとしての体をなしたはずですが、監督(脚本も兼任)はしっかりとしたSFを作るつもりは毛頭ないようで、過去に度々映画の中で使われてきたSF的要素を巧くちりばめながら、純真な(童貞臭溢れる)恋の物語を語り尽くしております。
 ですから、タイムパラドックスがどうだとか、時間モノとして破綻しているとか、細かく突っ込む必要はありません。そういう味付けにしてみました程度だと思えば、腹も経たないはず。その上綾瀬はるかのロボットダンス(サイボーグだけにロボットダンス?)とゲロが観れるだけでも、おつりがくるというもの。
 この映画、こと「綾瀬はるか」に限って言えば大正解の企画で、彼女がここまで役にハマり、その上魅力的な存在として生き生きと描かれるとは良い意味で大誤算。その点クァク監督は、”映画のヒロイン”を巧く描く才能があり、どんなに想像の中でしか存在し得ない”理想の恋人”でも、それをフィルムの中にチキンと定着させてしまうのです。その辺りが、まさに「大林的」と言えるのではないでしょうか。

 ということで、この映画の一番の突っ込みどころは以下の部分。
 主人公”僕”は、幼い頃地震で故郷を失ったという設定。未来から来たサイボーグである彼女(綾瀬はるか)は、年老いた”僕”にある願いを託されます。それは、若い頃の自分を連れて失われた故郷を訪れること。その願いをかなえるために彼女は、”僕”を連れて過去の世界へタイムスリップします。
 地震が起こる前の故郷(山間の村)にやってきた二人は、その過去の情景に心を奪われるという一見すると素晴らしいシーン。ところがこれが「どこの昭和30年代?」というとてつもなくズレた描写の連続で、2008年の時点で21歳の主人公の過去としては古すぎる風景。どんな地方出身者でもそれはないよという田舎っぷりで、突っ切ります。
 この全く不正確な描写を観て、僕は腹が立ちませんでした。(当然爆笑はしましたが!)
 むしろこのおかしな映画が何なのか、その正体がわかってある種の安心感すら覚えました。これはまさに「大林映画」的な描写。その自らの心象的な風景を臆面も無く描けてしまうケレン味、その圧倒的な押しつけ的世界感。あり得ない無いはずの光景が、映画的にはバッチリハマり突き進んでいきます。
 ですから、地震による東京崩壊という「りんたろう」ばりの屋台崩しも、そこで”僕”を救うために立派に壊れていくヒロインの活躍も、その後の取ってつけたような謎解きも、見事なまでの映画的なケレンとして飲み込むことができたのです。
 最近日本の映画は興行的にも順調で、以前より客が入っています。でも、ハリウッドの劣化コピーのようでクオリティー自体は決して高いとは言えません。韓国映画も十分にハリウッド的ですが、それでも世界を描く、絵空事を描いてみせるという点では、まだまだ韓国の足下にも及びません。
 そういう意味で大林宣彦という人は、今でも日本映画に於いて貴重なオリジネイターであり、それを受け継ぐ人が出てくる必要があると感じました。

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