パリ変人(狂人)図鑑

 35本目、「パリ、恋人たちの2日間」。

  邦題がほとんど直訳なんだけど、ほのかに香るおしゃれ臭。「パリ」って言葉がつくと文化の香りがして、若干おしゃれ度がアップするから、あら不思議。
 でも実際上映されたフィルムは、エントリのタイトルのような内容で、あんまりおしゃれじゃないし、むしろ生々しい恋愛や人間関係が中心。

 以前リチャード・リンクレイターというアメリカ人監督がヨーロッパを舞台にした2本の恋愛映画を撮った。「恋人たちの距離(ディスタンス)」と「ビフォア・サンセット」。
 この2本の映画は、一組の男女の恋愛模様を描いた秀作で、前後半2本立てのような関係にある。この映画に主演していたのが、リンクレイター組みともう言うべき俳優イーサン・ホークとジュリー・デルビー。共にそれなりのキャリアを積んだベテラン俳優が今度は演出に挑戦。(デルビーは2作目)この2人の監督した作品が、日本で連続公開される。特に関連性のある企画ではなんですが、日本では興行面からタイミングをあわせたみたい。
 イーサンのほうは自分で原作を書いた自伝的内容で、若い頃の恋愛話。予告から(タイトルもそうだけど)想像するにウジウジした内容のようで、若干観るのがつらい感じがする。対するデルビーの作品は、自身の実年齢に近い大人の女性を設定し、パリの街と男女の機微を描くといった趣向で、予告からしてなかなか良い感じ。
 題材や状況の選び方という点で、男女の恋愛感の違いみたいなものがクッキリ出ていて、非常に面白い対比になっているんですが、実際の映画はどうかというと、そのあたりの想像を簡単に飛び越えてしまったようなゴツい内容。


 主人公マリオン(ジュリー・デルビー)はフランス人女流写真家で、今は活動の拠点をニューヨークに移している。そこで知り合った現在のパートナー、ジャック(アダム・ゴールドバーグ)とベネチア旅行。その帰り道、預けていた飼い猫を引き取りにパリの実家へ。付き合って2年になる彼氏を始めて家族に紹介したり、自分の故郷であるパリをジャックと一緒に観て回るつもりが、事態は思わぬ方向へ。
 この映画ですごいのは登場人物の造形。少し不思議ちゃんが入ったマリオン本人も含め、現在の恋人ジャック、マリオンの家族、昔関係のあったと思われる数々の男たちなど。状況や関係性にある一定のリアリティが担保され、その上で非常にエキセントリックで、癖の強い人物が大挙して登場する。
 特に彼氏のジャックは、インテリア・デザイナーというアートな職業の人物で、その考え方や行動様式がすかしていて鼻に付く。スノッブな文化人然として、フランス人を含め大衆的なものを心底バカにしている。(保守的なアメリカン人旅行者を罠にはめたりする。)
 その割には細菌恐怖症とも言えるほどの潔癖症で、細かなことを気にしていて本当は臆病。いつも口をついて出るのは体調に関する愚痴ばかり。その上、異常に嫉妬深く、マリオンに話しかける男たちは、全員かつての恋人であり、現在も関係があるのではないかと疑っているという情けなさ。そんな彼が、言葉の通じない外国で右往左往しながら、マリオンとの関係を見つめなおすことに。
 揺らぎ始めた2人の関係がどうなっていくかが丁寧に描かれるんだけど、実録モノ然とした雰囲気でお話が進むので、ドラマやカタルシスは少なめ。最後は一応丸く収まるように出来ているので、映画的にはキレイに終わるんだけど、デルビー自体は、お話をきれいにまとめることにはあまり興味はないみたい。
 それよりも、男女間にある意識の差や根源的なものの見方、あと同じ白人社会の中でも、海を隔てたヨーロッパとアメリカの間にある溝のようなものを、その両方で仕事をしているものの視点から描き出しています。
 自身も出演しているリンクレイターの映画では、アドリブを交えながら、リアルな恋愛の過程を描こうとした実験作。しかしそのために丁寧な観察と論理的な組み立てが主体となってしまって、全て頭の中で考えた感が否めない恋愛模様が描かれているのですが、デルビーはそれをもっと感覚的な部分に落とし込み、人間の多彩な側面を描くことで達成しようとしていると感じました。
 女性の視点でということが基本にはあると思うのですが、自身の演じたマリオンについては、奔放とまでは言えないまでも、それなりの男性遍歴を持った自立した女性がどんな生き物であるかが割と赤裸々に描かれます。
 一時的にも付き合ったことのある男性と今も友達として連絡を取り合う辺りの行動は、今の恋人にして見ればヤキモキの原因になるのですが、そんなことはお構いなし。
 その彼女の姿に、男女の人間関係に対する意識の差が垣間見えます。また、街中でたまたま再会したかつての恋人に、別れた時の経緯を蒸し返し、キレてみせる場面などは、男なら本気でドン引きする場面といえるのですが、そんな態度も「生の女性」としては当たり前のことなのかなと妙に説得力がありました。そういう意味では、この映画の中には一般的な意味での幻想としての女性はいないのかも知れません。
 それから、マリオンの実家の家族なんですが、大都会パリのシュッと住民というより、下町のよき町民といった風情。しかしながら父親は違法駐車の車に傷をつけて回ったり(あまりに何事も無いように実行する姿が見事)、お母さんはかつてヒッピーだった過去を持ち、ジム・モリソンの追っかけであったこと(そのためにモリソンのことはマリオンの実家ではタブー。しかしアメリカ人のジャックはモリソンの墓を話題にして気まずい雰囲気)やジャックの恥ずかしい写真が家庭内に筒抜けだったりと、彼女の実家と付き合う時の面白エピソードも満載。
 そんな中でも、アメリカ人を小バカにしたフランス人の態度(フランス語のできないジャックを弄ぶ)とか、言葉が通じないことをいいことにジャックの不安を煽るような行動に出るマリオンの友人たちなど、同じフランス人としてデルビー自身がノリノリで自国民のいいところも悪いところも明け透けに描いているところは好感が持てました。それとあちらの意識の高い男女は、恋人同士の会話の中にもあんなに政治(社会)的な話題が自然に入るんですかね、何か根本的に勝てない気がしました。
 あと、マリオンのお母さんが「彼女の実家のお母さん」の典型のような行動を取るんですが、特に面白いのが洗濯好きという属性。何かというと「洗濯物ない?」って聞いたり、部屋に押しかけてきて、2人がイチャついてるのを邪魔したりというお約束のオンパレード。その上、ジャックの着てるもの全部洗濯して、デニムにアイロンかけちゃうという駄目押し振り。このへんは洋の東西を問わない共通した行動としておかしかったです。

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