イカはなんでも知っている。

「悪人」鑑賞。これはまさに「烏賊(刺身)はなんでも知っている」という映画である。映画版はミステリーのような形式をとりながらも、表出したいことは「犯人は誰か?」ではないので、満島ひかり演じる佳乃を「誰がを殺したか?」は謎として提起される訳ではない。岡田将生演じる増尾はとことん軽薄でイヤな奴として描かれているが、それ以上でもそれ以下でも無い。
 冒頭から必要以上にキメキメな力み全開の妻夫木さん(主人公:祐一)がまさに悪人な表情でGTRを乗り回しているが、予告でほとんどネタばれしているので、観客は安心してお話を追える。
 深津枝里演じるヒロイン光代は、地方都市で暮らすハイミスで、そのコミュニケショーン下手故に社会の片隅で不満を抱かえながらもひっそりと生きる女性として登場するが、まあ化粧っ毛の無いいつもの深津恵里以上でも以下でもないのは残念。正直、田舎暮らしの普通の女性としては透明感がありすぎだし、あんな妹でも彼氏がいるのに、光代に誰も言い寄ってこない(少なくとも映画内の描写としてはそう見える)のは普通にオカしい。役者の技量という以前に、判り易いミスキャストである。でも昔から深津女史は典型的な雰囲気女優なんだけど。
 原作は未読ながら、プロットはオーソドックスな犯罪(逃亡)ものということと、大人の男女の関係性が主にセックスを媒介にすると思われる。それ故この映画の最大の問題点は、人間のつながりを肉体的接触に還元することで表出する物語なのに女優陣が全く脱ぐ気がないということだろう。結果として、主要キャストのなかで一番若い満島ひかりが最も体当たりなのもどうかと思う。(直接写っていなけど満島みかりは残念おっぱいだと思う。)
 いわんや深津女史については徹底して肩から下を写さない。そうまでして隠す理由がわからんが、イメージとかなんとかいう大人の事情なのだろう。レイプまがいの最初の交渉も大胆と言えなくもないが「脱がない」ための演出の工夫としか思えない。それにしても登場する男も女も性的な匂いがフィルムに写っていないのは致命的なことだと思う。
 多分このお話の肝は、有機的な人間同士の「つながり」を生み出すことができなくなった現代社会や(近年特に顕著になってきた)地方都市に蔓延する行き詰まり感、自由と表裏一体をなす利己主義など現代人の持つ闇を、九州の片田舎の荒涼とした風景を通して描き出すことのはず。主人公を通して描かれことが重要。この映画では「イカ」がその役目を負っているけど。
 「ヴァイブレーター」に似てるって意見もあるけど、漂白されて生臭さの抜けた本作はどちらかといえば「ユリイカ」に似ている。実は設定で共通する部分が多い。クライマックスの舞台が人里離れた陸の上にある何かという点も。ただし「ユリイカ」はなんとも形容しがたい人間の闇がフィルムに写り込んでいるという点で、本作とは大きく異なるわけだが。
 これは、監督の李相日が作品に対するアプローチに失敗したことが原因かと思う。本来なら人物を通してその向こうにある現実を描くのが割と正解だと思うのだが、それをある種のキャラクタードラマとして演出したことが問題。元々オーソドックスというか、ベタな犯罪ドラマのプロットを、役者によるアンサンブルで描こうとしたことが間違いで、前出の「ヴァイブレーター」のような限定的空間とそこで生み出される関係性のドラマならまだしも、むやみにキャラクター(役者)にフォーカスした演出をしても、物語もテーマも機能しない。ましてや群像劇的なオールスターキャストが作品のバランスを完全に壊している。もっと妻夫木&深津のミニマムな関係のドラマとして描いた方がいいでしょう。(このあたりは連載小説であった原作をそのままやったことも問題かも。)
 また「フラガール」でもそうであったように、情緒的な描写を積み上げるような過剰な演出はむしろ見る側の興を殺ぐ効果があるので、このような陰鬱でハードなドラマは最後の瞬間まで徹底して引き算で演出していかないと、途中で飽きられる。ここでも脇の役者に至るまでわるとオールスターキャストになっていること(特に渋い俳優がちょこっとづつ登場している)が、さぞ時間配分が大変だっただろうとは思うが、そのこと自体も饒舌さを加速させていると思う。
 端的に行って、逃亡した2人が灯台に隠れてやることは、思春期の男女にありがちなプラトニックな関係などではなく、朝から晩までセックス三昧だろ。それぐらいハードで動物的な表現をしないと、黒々とした人間の闇に辿り着かない。大体この二人は時間を掛けて醸成された関係がベースになっているが故に離れることが出来ないという訳でもないので、もっと下世話で本能的な結びつきを明確に提示したほうがわかりやすいはず。(だから寺島しのぶのように脱ぐ意味が理解できている女優さんじゃないと本来はこの役をこなせないと思うのだが。)
 それと後半特に重要なこととして描かれるとってつけたような善悪についての観念論や人間の内面を多用だと描くことについては、特に感心するようなことはなし。
 気が弱いだけにしか見えない主人公やわかりやすく利己的で露悪的なキャラなど若干工夫が足りないのではとも思う。こう
 考えると井筒監督の「ヒーローショー」(特に前半)は、キャスティング(登場人物の見た目やキャラクタドラマに即した設定など)や人物の行動原理、フィルム内で映し出される風景とそれがかもし出す雰囲気など実に説得力が高く、市井の人々の愚かで欲深い様を人間の性としてよく描いていたと歓心する。どうせなら井筒監督が撮ればよかったのに。
 寒々しい灯台の丘で、海の向うから登る朝日を見つめる二人の表情は悪くない。それをラストカットにするのも悪くない。でもそれならそうでそこまでの過程でもっと何かを写し取らないと、本当に寒々しいだけだ。犯罪ドラマとして過去作をコピー&ペーストしたかと思うような類型的な演出と芝居の積み重ねとして140分あるのはどう考えても間違っている。「告白」と同じプロデューサーが手がけた作品とは思えない。(どうみても作品への力点がこちらのほうにあると思えるのだが。)
 役者人についてはベテランにはあまり文句は無いのパス。樹木希林の安定感はとんでもない。つまらない役なのに。主役二人は力不足は否めないが、実は勢いに差が出たのが若手二人。満島ひかり岡田将生ステロタイプな今時の若者の非常に分かりやすい薄っぺらさを嫌味なく体現。とりあえずこの二人が出ているカットは楽しかった。
 世間的にもそれなりに評判がいいので、ちょっと重めのドラマが観たい御仁は観て損は無いと思う。普通の水準の日本映画としては合格点。でもこれよりいい日本映画は最近の作品でもいっぱいあるので、どうしてもではないと思う。
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