結果報告(11月8日)

 忙しい(仕事が)、そのせいで疲れる。気分転換をするために出かける。観た映画はこれ。 疲れた気分を吹き飛ばすには、これほど相性の悪いものは無いと痛感する内容。ただし、評判通りの素晴らしい出来にあっという間の2時間ちょっと。
 韓国のポン・ジュノの新作は、まさに「人間の暗黒」を描いた秀作。
 寒々し荒野を越えてきた主人公:お母さん(キム・ヘジャ)がクネクネと踊りだすあたりがポン・ジュノのらしい乾いた笑いを誘うも、場面が変わって大きな鉈の付いた装置でザクザクと乾いた薬草を刻む場面から、もはや引き返すことの出来ないほどのスゴい緊張感に劇場全体が包まれる。
 カットを重ねながら、描かれるのは「息子を心配する(溺愛する)母親」という場面なのだが、なんとも形容しがたい「嫌な」雰囲気が漂う。案の定手に怪我をする母、その母の静止を気にも留めず、自分をひき逃げしたベンツを追う息子トジュン(ウォンビン)。悪い友だちジンテ(チン・グ)と一緒に行動するゴルフ場の場面で、彼が単に「バカ」ではないことが暗に示される。
 この後、物語はある女子高生の他殺体が見つかることで急展開していくのだが(この辺りは既に予告でネタバレしているのでいいと思う)、殺人犯として逮捕された息子の無実を証明しよと奔走する母親の様子が丁寧に描かれる。このあたりの展開と演出は大変上手で、ポン・ジュノの一級の演出力(特にサスペンスとミステリーの分野において)を持っていることを、まざまざと見せつける。
 印象的な韓国の地方都市の風景(バラック小屋のような町家が立ち並ぶ屋上からのショット)や迷路のような町並みの様子が、混迷していく事件の真相を表現しているようで、観ている側に否応無しの緊張を強いる。
 ポン・ジュノの映画の代名詞とも言える「顔」を中心の捉えるカメラワークは今作でも健在。監督の描きたいことの本質が事件そのものよりも、登場人物の相互の関係性や内面にあることが見て取れる。(当然「飛び蹴り」もありまっせ。)
 それに答えるかのように、登場する俳優陣も素晴らしい面構えの人たちばかり。母親役のキム・ヘジャは一見してどこにでもいそうな初老の女性を演じるが、紫のスーツ姿となって真犯人を追う後半は何とも言えない輝きを放つ。息子トジュン役のウォンビンは、生来の顔の良さを遺憾なく発揮して(かわいい!)、溺愛以上の感情を母親に抱かせることに成功している。ウォンビンさんには詳しくないが、ここまで上手い役者さんだとは思いませんでした。
 しかし、劇場はウォンビン目当ての女性客が多かったんですが、終盤の真相が語られる部分ではホンキで悲鳴をあげている客がいたけど(女子高生が殺害されちゃった場面ね)、そりゃ韓流の二枚目観にきて、この内容じゃキツかったと思う。
 悪友ジンテ、被害者の女子高生とその友人、地元の刑事ジェムン(ユン・ジェムン)、生臭さ全開の弁護士など、登場する人物がことごとく台詞無しで、何かを語れるようないい顔ばかり。その上、各キャラが愛すべき面を持ち合わせていて、真の悪人がいないという点も興味深い。観ているだけでこんなにワクワクできたのはホントに久しぶりの体験でした。
 僕自身は、元々ポン・ジュノの映画が好きでは無かったんですが、今作は間違いなく彼のキャリアの中でも最高の出来。日本で彼の名が知られることになった作品である「殺人の追憶」では、韓国で実際にあった未解決の殺人事件を題材に、本来ミステリーのゴールにあるべき「(謎解きの)答え」の部分をスッポリと抜き取ってしまうことで、映画に大きな「穴」を開け、それこそが描きたい「テーマ」であるとして作品を終わらせたわけですが、その意図は十分に理解出来ても、物語の終わりとしては「それって、ちょっとなぁ」と思ったのが正直なところ。
 今回はそんなトリッキーなことはせず、あくまでも王道ミステリーとしてスジを運びながら、映画を観た人全員に日常の中に潜んでいる大きく底の無い「暗黒」を認識させることに成功しているという点で、作品としては格段に上をいく出来だと思いました。
 主人公が辿り着いた真相とその後の展開(ここも衝撃だよな、一種の卓袱台返しだし)、そして静かに訪れる真のクライマックス。
 最後に描かれる事柄が「親子の関係性」であることは、「人間」を描くことの基本であり、全てであるという意味で衝撃的であり、母親が「鍼灸師」であるという設定がキレイに回収され、映画冒頭の「踊り」の意味が二重に変質する様は、まさに見事としか言いようが無いのでした。
 ネタバレになると面白くない映画なのでこれ以上の言及は控えますが、物語の背後で設定された色々な事柄を全部映像として入れこまず、どれを放置し、どれを挿入し、つなげていくかを厳密に計算した編集と構成も見事。(倍の時間を使って、細かな部分を全部みせてほしいほど。)
 あと、この前読んだキネ旬黒沢清との対談が載っていたんだけれど、寒々しい荒野の風景や笑うに笑えない乾いたユーモアなど、本作は黒沢清演出作に似た部分が多い。人物の関係性を表現するアングルやまさに「記憶の巻き戻し」を映像化していたりと、実験的(成功してまっせ)な部分を含めて良いシーンばかり。日本のフヤけた演出家は本作を観て勉強したほうがいいと本気で思いました。(韓国映画は何年かに1度こういう作品がこともなげに出てくるので侮れん。黒沢清もさぞ悔しいであろう。)
 警察を中心とした権力の腐敗や欺瞞、現代韓国社会(特に十代)の闇を的確に描きつつ、それをユーモアで包んで笑い飛ばすあたりの手腕もさすが。(「チェイサー」同様に地方の警察が徹底的に無能(官僚的)なのが面白い。でも日本も他国を笑えないか。)それでいて真のテーマは外さないのだから、恐れ入ったとしか言えません。それもオリジナルの話だもの。
 とにかく今作を観たことで、日本でハンパなく評価の高い前作「グエムル」がポン・ジュノにとっては単なる「ジャンル映画への偏愛の産物」でしかないことが理解できました。今まで彼を「言うほどスゴいか?」と思っている画面の前のあなた。(←自分はこれでした。)そんな映画好きなあなたにこそ、今年観るべき1本として、大々的に推薦したいのでした、以上。
殺人の追憶 [DVD]

殺人の追憶 [DVD]